ピカピカおもいで手帖

ポケモンの事しか書かない思い出ブログです

ミュウツーの逆襲の思い出

アニポケの思い出といえば、やっぱり欠かせないのが最初の映画である『ミュウツーの逆襲』です。

公開の前年末、アニポケはポケモンショックを起こし、一時は存続すら危ぶまれたという状況にありました。

人気がシビルドン登りだった最中に起きたあの騒動。やはり、なかなかの衝撃でしたね。(ついでに、田舎民の私はこの時に週遅れという概念を知ることになりました)

そんな中で、復活したアニポケ。最初に公開された映画はやっぱり思い出深いものがありました。

ミュウツーの逆襲』は、人に作られたポケモンであるミュウツーが、生きる意味や目的に悩みつつ、身勝手な人間たちに逆襲を誓うという内容。

その戦いの中で、サトシとピカチュウなど人と生きるポケモンたちの姿を目にし、戦うのを辞めて去っていくという、なかなか難しいテーマでした。

この内容は、やはり97年に哺乳類として世界初のクローン羊ドリーの誕生などで、クローン技術について注目されていたこともあってなのでしょう。

造られた命だろうと、命は命。コピーもオリジナルと同じように悩み、生きるというその姿は、小学生ながら心に残るものがありました。

映画館で見た際は、コピーピカチュウが戦いたがらないサトシのピカチュウを泣きながらビンタするシーンとか、その後のサトシが石化しちゃってピカチュウが泣いてしまうシーンとかでもらい泣きした思い出があります。

さらに、劇場公開後に登場した完全版では、ミュウツーの幼少期の思い出であるアイツーとの交流も泣きましたね。

どうして私は生まれてきたのだろう。これは、コピーポケモンでなくとも、現実に生きる私たちも時たま浮かぶ悩みでもあります。

それでも生きている、どっこい生きている。世間の偉人と比べれば、必要とされている感はないかもしれませんが、それでもいいんです。

 

すっかりオバさんになった今だとそう思えるけれど、若い頃はやはり色々と悩みますよね。

どうして自分は生きているんだろう。何の意味があるんだろうって。このまま何となく生きていていいのだろうかって。

そんな時は、ミュウツーの「私たちは生き続ける」という言葉を思い出してみてください。

存在意義が分からずとも、生きていたっていいんです。だって、生き物なんだから。